1829年10月16日、イギリスの帆船「マーメイド号」が19人の乗組員と共にシドニー港を出発した。ところが海に出て4日目に突然嵐に巻き込まれてしまった。必至に舵をとり乗組員たちは懸命に頑張るが、突然襲った大波にマーメイド号は暗礁に叩きつけられ、船は二つに裂けて、乗組員たちは全員海に投げ出されてしまった。
暗やみの中で必死にもがく乗組員たち。ふと見ると100メートルほど先に大きな岩が突き出ているのが見えた。全員そこまで泳いでいき、凍えながらも岩にしがみつき、ひたすら救助を待った。その状態で3日過ぎたとき、近くを航行中の「スイフトシュア号」に発見されて何とか全員救助された。
「ああ助かった・・。」マーメイド号の乗組員たちは全員肩をたたいて喜び合った。スイフトシュア号は、マーメイド号の乗組員たちを乗せて再び動き出した。
ところがその5日後、せっかく救助してくれたスイフトシュア号は突然海図にもないような強い海流に巻き込まれ、あっという間に岩礁に乗り上げてしまったのだ。合計32人の乗組員たちは船を捨て、なんとか近くの岸までたどりつくことができた。
この岸で助けを待っていると、今度はたまたま「ガバナー・レディ号」が近くを通りかかり、2隻の船の合計32人の乗組員たちは無事救助されたのである。またしても助かった。
レディ号は定員を大幅にオーバーしてしまったが、2つの船の乗組員たちを乗せて再び出発した。これで乗組員全員を合計すると64人になった。
ところが出発して間もなく今度はレディ号が火事に見舞われたのだ。木材を積んでいたために火はあっという間に燃え広がり、それぞれが救命ボートに乗ってなんとか脱出した。
しかしこのたび難破したのは、大西洋のど真ん中に近いような場所だったので、さすがに3隻の船の乗組員たちはみんなあきらめムードであった。全員がほとんど自分の死を覚悟したころ、今度は奇跡的にオーストラリアの船の「コメット号」が通りかかり、またもや全員が救助されたのである。
3隻の船の乗組員を救助し、コメット号は出発した。ところがまたしても今度はこのコメット号が、スコールに巻き込まれ転覆してしまったのだ。乗組員たちは救命ボートに乗る暇さえなく、木切れに捕まって海を漂っていた。
いくらなんでも今度こそ、もう終わりだろう・・・誰もがこんな風に思っていた時、なんと今度は18時間後に郵便船「ジュピター号」に発見されて、またもや全員救助されたのである。
最初のマーメイド号の乗組員からすれば4回目の難破ということになる。だがこれまで不思議なことに、一人の死者も怪我人さえも出ていなかった。
出発したジュピター号の中でほっとしていたのも、つかの間だった。突然ジュピター号は暗礁に乗り上げ、船の底には大きな穴があいてしまい、乗組員たちはまたもや海に投げ出されてしまった。
この時点で乗組員たちは、船長が5人、乗組員が123人の、合計128人となっていた。全員岩にしがみついて助けを待っていると、今度はイギリスの客船「シティ・オブ・リーズ号」が通りかかり、またもや全員が救助されたのである。
リーズ号は100人あまりのお客を乗せて、イギリスからオーストラリアに向かって航行している最中であった。マーメイド号の乗組員たちにとっては5度目の難破になるが、またしても助かったのである。
ところが奇跡はこれだけで終わらなかった。リーズ号に救助され、中に乗り込むとリーズ号の船医が乗組員たちに近づいてきてこう尋ねた。
「君たちの中にイギリスのヨークシャー出身の人はいませんか? 実はこの船の中にはヨークシャー出身の重病人がいて、さっきからうわごとのように十年間会っていない息子の名を呼び続けているのです。
誰かが息子の代わりになってくれれば少しは病状も持ち直すと思うのですが・・・、どなたかヨークシャーなまりの言葉を話せる人はいないでしょうか?」
その時マーメイド号の乗組員の一人が口を開いた。
「その重病人とはヨークシャーのどこの出身なんでしょう?」
「確かホイットピーという地名です。」と船医が答える。
「それはちょうどいい。私はそのホイットピー出身なんです。」
「それは偶然じゃありませんか! ところであなたは今、何歳ですか?」
「もうすぐ32になります。」
「年まで同じとは! それじゃ早速一緒について来てもらえませんか?」
「あ・・それから先生。僕が身代わりになる、その息子さんの名前はなんというのでしょう?」
「ああ、そうだ!名前はピーター・リチャードソンだ。ちゃんと覚えておいてくれよ。」
「ピーター・リチャードソンだって?!」青年はびっくりした。
「先生、別に身代わりの必要はありません。私がそのピーター・リチャードソンです。」
今度は先生の方がびっくりした。
「私は養父母に育てられたんですが、実は以前、私には本当の両親がいると養父母に聞かされたことがあります。」
すぐに先生とピーターはその重病人の婦人のもとへと急いだ。「ママ!僕だよ、ピーターだよ!」と、声をかける。
それまで瀕死の状態で、痩せこけていたその夫人はびっくりして叫んだ。
「お前は・・!私のピーター! 本当にピーターなんだね!」
ほとんど諦めかけていた状態から奇跡的にその婦人は回復に向かった。
人々は感動して口々に噂し合った。
「神様はこの親子を再開させるために5隻もの船を遭難に会わしたんじゃないのか? その証拠にあれだけ船が沈んでも、死人なんて一人も出なかったじゃないか。」と。
今度の船・リーズ号は難破はしなかった。無事港へたどり着き、奇跡的な再会を果たしたピーターとその母親はその後20年間も幸せに暮らしたという。
1919年。ハンガリーのティサクルトという小さな町で、ラツィオ・クロンベルクとその妻のスシーは小さな旅館を経営していた。このあたりの地方は一年の大半が雪で覆われるような寒い土地で、クロンベルク旅館は人里離れた丘の上にあったにも関わらず、この辺を訪れる旅人はここしか止まる場所がなかったので、お客の入りはそれほど悪いものではなかった。
だが時は第一次世界大戦のさ中。戦争が始まってからというもの、旅館の客はめっきりと減ってしまった。このクロンベルク夫妻はすでに老夫婦となっていたが、子供たちに関しては不幸続きで、娘は家出して売春婦になってしまったし、息子の方は9歳の時に不良仲間に入って父親に叱られたのがきっかけで家出してしまい、全く家には帰ってこなかった。
お客は減り、収入も減り・・だが老いた身体では他に何をすることも出来ず、貯金も使い果たしてしまった。明日の生活にも困るようになってしまい、追い詰められた夫婦は、ついに「旅館に泊まった人間を殺害して金品を奪う」という方法を思いついたのである。
殺害にはストリキニーネという毒薬を使うことにした。夫が街に降りてストリキニーネを小袋いっぱいに買った時、店員に何に使うのかと尋ねられたところ、「近ごろオオカミが出て困っているので、その退治に使うのだ。」と言ってごまかした。
殺人計画は実行に移され、1919年から1922年までの3年間に渡ってこの旅館では、実に10人もの人間が殺されることとなった。
夕食に出すワインにストリキニーネをたっぷりと入れ、お客を殺害した後、死体は谷底へと投げ捨てた。あたりに民家はない上に、雪が春まで解けないので発見されることはほとんどない。
仮に発見されたとしても、その時にはオオカミが食いつくして骨だけになっている。時々死体を、パンを焼くかまどで焼いて処分することもあったようだ。
もちろんこのようなことを繰り返していれば、この付近で次々と人間が行方不明になるという噂は警察の耳にも入る。だが場所が場所だけに、旅人たちは遭難したとか、暴漢に襲われたとか、オオカミに食われたとか、そうした形に思われていたようだ。
もちろんこの夫婦が、殺しているのではないかという噂もたくさん立ったが、何よりも証拠がなかったし、死体も発見されることはなかった。驚いたことに殺害を繰り返していた3年間、一度も警察の捜査を受けなかったのである。何よりも夫婦がとても明るく、そのような暗いうわさを吹き飛ばしている感さえあった。
しかし何人も殺すにつれ、段々とクロンベルク夫妻も慎重になり、これまで強奪した金品で随分と裕福にもなった。そこで、あと、もう一人殺したら、永久に殺人はしまいと夫婦で誓い合うことになった。
1922年8月14日、最後のターゲットが選ばれた。その男は30代半ばのわりと小太りの男で、荷物のスーツケースにはたっぷりと現金が入っている様子だった。話を聞くと男はこれまで貯めた金でどこかの土地を買いたいのだという。
そして夕食時になった。夫婦は男とともに2時間ほど夕食を楽しんだ。男は人柄も良く、話も弾んで殺すのに躊躇(ちゅうちょ)するほどであったが、ここで考えを曲げていけないと思い直し、いつものようにストリキニーネをたっぷりと入れたワインを差し出した。
男は何も疑いもせずワインを飲みほし、たちまち毒がまわり、唇はめくりあがり、目をむいて身体をのけぞらせ、のたうち回りながら、あっという間に死んでしまった。
最後の殺人も成功した。夫妻は男の泊まっている部屋に戻ってスーツケースを開けてみると、やはり思った通り大金が入っていた。また、その他の男の荷物も物色して、他に金に変えられる物はないかと探してみた。
だが・・その荷物の中から驚くべきものを発見してしまったのだ。
なんと若いころのクロンベルク夫妻・・つまり自分たちのスナップ写真が入っていたのだ。この写真を見た瞬間、全てを理解した。
この男は長い間家出していた自分たちの息子そのものだったのだ。これまで犯した殺人の罰だろうか。夫妻は恐怖におののき、自分たちを犯した罪にさいなまされ、全身は震え、一晩中泣き明かしたという。
数日後この旅館に別の旅人が訪れ、その旅人の通報で、村の人たちが旅館に足を踏み入れてみると、旅館の食堂で3人の死体を発見した。
一人は夫妻に殺された息子のもの。そして残りの二つはクロンベルク夫妻のものである。三人ともストリキニーネの服用による目を覆いたくなるような死に様だった。
それから何年もの間、この旅館は無人の状態が続いていたが、何人かはこの旅館を買おうとして宿泊したことがあった。しかしその者たちはいつも一様に恐ろしい目に会い、旅館を買うどころかすぐに逃げ出してしまった。
夜になると食堂で食卓を囲んでいる13人の犠牲者たちの亡霊・・。彼らはストリキニーネ特有の死に方・・目をむき身体をのけぞらせ、ものすごい形相をしてイスに座っているのだ。
このクロンベルク旅館の亡霊の噂は瞬く間に広まり、すでに誰も旅館に近づかなくなってしまった。
1980年9月23日、朽ち果てたクロンベルク旅館は突然炎上し、灰になってしまった。噂によれば誰かが放火したのだろうということになったが、その犯人を突き止めようとする者はもう誰もいなかった。
| — | No.54 11人殺害・亡霊たちが食卓を囲むクロンベルク旅館 (via petapeta) |
いまの時代は夢を持っているやつのほうが、
なんの夢もないやつよりよっぽどいいとされてるじゃない。
だって、夢を持っているんだからって。
でも、現実は同じなんだよ。
いま何もやっていないことに変わりはない。
それなのに、いまの時代は強制的に夢を
持たせようとし出したから、夢のないやつが
それを社会のせいにして、ナイフで刺しちゃったりするでしょう。
でも、夢なんて持たなくていいんだって
言わなきゃいけないんだと思うよ。
下町だったらさ、
いいんだよ、お前バカなんだからで終わるから(笑い)。
別に、人に誇れるものなんてなくていいんだよね。
ないやつだっているし、ない自由だってあると思うよ
北野武
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活字中毒R。 (via yuria) (via iyoupapa) (via oharico) (via nemoi) (via petapeta) (via yaruo) (via a2onaka) (via ryusoul) (via ksry) (via schweiz) (via it-shine-reading, uyou) (via yaruolikes) (via yaruo) |
小森純
有吉: だからカリスマ詐欺を行ってるってのが問題だって。だからカリスマってなんだよ、ってんだよ。
そもそもさあ、読者モデルっていうそのごまかし方なんなんだ、っていうのがあるんだよね。
有吉: 安っぽいモデルさんのカリスマ?
有吉: 近づきやすかったりとか、親しみやすかったりとか、私もこういう風になりたいなと簡単に思えるのが読者モデルだとしたら、カリスマっておかしくね?
有吉: だからいってんじゃん、ブスモデルだって。
有吉: だけどさあ、カリスマって呼ばれてる人だったらさあ、俺の一言ぐらいでさあ、揺るがないでしょ、普通カリスマであれば。
| — | ロンドンハーツ『有吉被害者の会』 - タスカプレミアム (via mcsgsym) |
本気で痩せたい人がダイエットをするのに必要な正しい知識と方法
40過ぎると太るのは?
■食べすぎではなく代謝が低下している
・20代と同じ食生活でも40過ぎると太りだす
のは代謝が低下するから
・代謝が低下=エネルギーの消費量が落ちる
・消費量が減っているから食事量が同じでも太
りだす
■代謝が落ちるのは筋肉量が落ちていた
・毎日の消費エネルギーの6割以上が基礎代謝
・基礎代謝の6割が筋肉によるもの
・0.6×0.6=36%以上は筋肉によるエネルギー消費
・筋肉が落ち代謝が減り、脂肪が体に貯まって
しまう
してはいけない食事制限ダイエット
■食事制限ダイエットの問題
・食事制限をすると、脂肪が落ちても同時に筋
肉も落ちる
・代謝が減り、やせにくい体を作ってしまう
・筋肉が減った分代謝も減りリバウンドもおこ
しやすい
誰でも代謝の高い体になれる
■筋肉トレーニングで代謝が増える
・3ヶ月間筋トレをすれば、例外なく安静時代
謝量が増える
・平均7.5%向上し、カロリーでいえば150kcal
代謝量が増えた
・150kcal=毎日かかさず45分間ウォーキング
をする
効果的な運動方法
■有酸素運動よりも筋トレ
・有酸素運動では筋肉は増えないので代謝は変
わらない
・筋トレは運動中は脂肪は減らないが、代謝が
増える
■筋トレ⇒有酸素運動の順番
・体脂肪を消費するステップ:分解⇒燃焼
・筋トレをすると最も分解作用の強い成長ホル
モンが分泌される
・効果は最低6時間は続き、有酸素運度の効果
を高める
・成長ホルモンは有酸素運動をした後は著しく
低下してしまう
・筋トレで分解能力を高めてから有酸素運動を
するのが効果的
■鍛える部位
・コアマッスル(大きな背中、太もも、お尻、
お腹の筋肉)
■トレーニング頻度
・週2、3回が効果的
■鍛え方
・スロートレーニング(軽い負荷でゆっくり動
作する)
■有酸素運動
・心拍数を110から120でおこなう
世界平和
おれ、おもったんす。
男って女性のおっぱい揉んだら幸せな気持ちになるじゃないですか。
女性がみんな、男におっぱい揉ませたら世界平和になるんじゃないのかって。
おれ、おもったんす。
そして、考えたんす。
嫁のおっぱいを、どこぞのおっさんが揉んでたらむかつなって。
おれ、わかったんす。
そんなことじゃ、世界平和にならんす。
また、おれ考えたんす。
お尻だったらいいんじゃね?
お尻だったら我慢できるんじゃね?って。
そして、また考えたんす。
自分の子供のお尻を知らないおっさんが揉んでたら殴るだろうなって。
おれ、わかったんす。
世界は平和にならないって。
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2009-11-20 (via gkojax-text, gkojax-text) (via yaruo, yaruo) (via mnky, mnky) (via halfdry, halfdry) (via gianism, gianism) (via charzred, charzred) (via petapeta, petapeta) |
渡邉氏の著作を読むと分かるのだが、この方は本当に意志が強い方だ。まさに鋼の意志と言って良いだろう。
若い時から高い理想を掲げて佐川急便で働き開店資金を貯め、「つぼ八」のフランチャイズ店を出し、そこから一代でワタミグループをここまでの規模に育て上げた。
本の中にも、渡邉氏の鋼鉄の意志を強く感じる箇所が幾つもある。
その中には、「20代は仕事のことだけ考えればいい」や「睡眠時間を削ってでも手に入れたかった教養」など、自分を追い込み厳しい環境で努力をし続けた軌跡が書かれている。
そしてその自分への厳しさが、時として部下への厳しさへと転化されてしまっている記述もある。
幹部の部下がインフルエンザで40度の熱を出して仕事を休んだ日に、「一日に一回しか職場に電話を入れなかった」という理由で本気で怒ったと書かれている。
そしてそこには、「たとえ休んでいても、仕事のことが心配で心配で仕方ないというのが、本来あるべき姿なのではないでしょうか」とも付け加えられている。
強い人間が、意志の力で自分を追い込むのは良い。他人に迷惑がかからないからだ。
でも、その厳しさを他人に要求することは、時として危険ではないだろうか。
インフルエンザで40度の熱がある人に向かって、会社に一度しか電話を入れなかったから怒鳴るというのは、どうだろう。
怒鳴られた幹部は、次からどんな病気で具合が悪くても出社するようになるだろうし、その幹部の部下にも同じように「体調不良でも休むな」と強要するようにならないだろうか。
そして、このように他人に厳しい姿勢を書籍に書いて出版してしまうということは、「40度の熱がある社員を働かせるのが当たり前だ」と渡邉氏は考えているのではないか、と僕は想像してしまう。何故ならこの一節から、「意志の弱い社員を矯正する正しく意志が強い辣腕経営者」という姿勢が見えるからだ。
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